産業支援制度の財源の歴史的経緯と、現在における資金の動きについて解説

戦後復興時から存在すると言われる「基幹産業育成資金」とは、その資金の謎について常に研究して解説しています。

 

この資金のスタートは、第二次世界大戦後の食糧不足からスタートしているということを過去に記載したことが有るかと思います。

1945年に日本が敗戦後、多くの外地に行っていた日本人が帰還しました。その後、米の不作が続き、深刻な食料難に日本は見舞われまいた。街には、物乞いが溢れ、身を売る人が反乱し、皇居の前には、多数の人が押し寄せ、米騒動が起こりました。「米をよこせ」と叫ぶ国民が多数集まり、それを見て、昭和天皇が米国のGHQ司令官であったマッカーサーに「皇室には、国際的に価値があるものがあると聞いています。それを差し出してもいいですから、国民の餓えを助けてもらいたい」と訴えたことが、米国からの日本への支援のきっかけになりました。当時は、米国で大量の小麦が余っていたこともあり、米国が日本に対して小麦を支援したことがスタートです。食糧援助が先に行われ、その後、1954年(昭和29年)に日米相互防衛援助協定(MSA協定)が結ばれました。その国際協定を受けて、日本国内法として、「経済援助資金特別会計法」という法律が制定され、日本の基幹産業を支援する法律も制定されました。当初財源としていたのが、米国から農業支援をおこなった小麦の売上金を日本国内で積立て、その積立金は、米軍基地の建設費及び、警察予備隊自衛隊)の設立費用に使うことを承認しました。その財源のうちの20%は、日本の基幹産業の育成のための財源に無償提供することも同時にMSA協定に記載されました。

また、経済援助特別会計法による積立金及び資金運用益は、世界銀行から日本に貸し出した米ドルよるインフラ事業や産業投資への事業への償還をおこなうための財源として活用しました。

 

1968年、経済援助資金特別会計法は、廃止されいます。その原因としては、1960年以降、世銀から貸し出したプロジェクト資金に関して政治と金の問題が出たことにより、米国からの援助として行われていた経済援助は、終了となりました。当時は、国が表に立ち、大蔵省による特別会計の財源として行われていましたが、資金の管理は、特別会計によって行うことやめました。

 

その後、日本は、GDPで世界第2位の経済大国になったこともあり、世界銀行からの援助としての貸付は終了しています。

しかし、経済援助資金特別会計による積立金は、民間の資金管理団体にが移管されましたが、管理権に関しては、本来、米国からの支援金がもとになっていることもあり、その資金の管理権の管理者は、日本政府及び米国になっています。この資金に関しては、日本での承認と米国の承認が必要になるという話を聞くかと思いますが、資金の元になる財源が、経済援助資金特別会計による積立金を用いているからです。すなわち、この資金は、MSA協定(日米相互防衛援助協定)における第5条に記されている資金とつながるわけです。

 

現在も続く基幹産業への産業育成資金の財源の原資については、「MSA協定」から流れを引き続き、民間の資金管理団体に資金を移管管理をしている財源になります。その財源は、PPP運用により資金を運用することで、財源を大きく確保しているということが今の流れになっています。よって、資金の関して言えば、この資金の管理者としての決済は、日米の承認が必要になるという制度であると考えれば容易に理解できるかと思います。

 

すなわち、この制度は、日本にとって国家の国際金融政策の一貫ということになります。

この制度を、積極的に活用することの意義については、過去のブログでも説明しています。財源に関しても、得体のしれないところから資金が出る話でなく、国家による外貨収入になる重要投資案件であるということが言えます。財政法第44条に関する資金という話をよく聞くかと思いますが、これは、特別会計に入る雑収入における国外収益になります。この制度を活用することにより、民間の基準を満たした事業者の代表権者は資金を調達することができます。そのあたりのPPP運用益の送金方法については、過去のブログを参考にしてください。

 

この案件が、国家における国外における歳入歳出外に関する運用益として、財政法第44条による資金として扱われ、財政法第45条で特別会計の積立金として資金を動かし、財政投融資を行っているというのが、この制度の流れになります。

 

この流れが分かれば、この資金が如何にして作られてきた歴史的経緯も理解でき、また、資金の使用用途や流れが理解できるかと思います。

 

筆者は、特に言いたいことは、国の国際金融政策に協力しない日本の金融機関「銀行、信用金庫」の代表権者は、所属金融機関が経営難になっても、この制度を活用しないで、救済されないのは、仕方ないことだということが理解できるかと思います。

救済を求める金融機関を救済するということと同時に、国家にとっての外貨収入を得るということになるからです。日本には、それ以外の部分で公的資金を投入する財源の余裕はありません。

 

金融庁は、地銀や信用金庫の利益率が悪い金融機関の統合を勧めています。このまま行けば、全国のうち、23県で、地銀、信用金庫が消滅するとも予想されています。

 

すなわち、国家の国際金融政策を応援できない企業は、国の支援は望めないということなるのではないでしょうか?官民、お互い様の協力精神が重要です。

 

ですから、この制度について話を聞いても、無下に判断しないことが生き残るために重要なことであると筆者はアドバイスしたいと思います。

国家も財源確保に努力しているのですから、民間協力がなければできないことは、「お国のためということで3日間で解決できる手続き」に参加することで、官民ともに大きな財源確保につながるのですから重要な話だと捉えていただければと思っています。筆者は、国家の財源確保の安定が同時に国民の生活の安定につながると思っておりますので、常にこの制度の重要性について説明しています。

 

この説明でわかっていただけたでしょうか?