地方財源の確保が急務である。金融機関の再編成時代が推進すれば、地方への民間財源のチャンスがなくなる

地銀再編の波が来るのではないかというニュースが流れています。新政権では、地銀再編を推進する可能性が高く、各地にあるファイナンシャルグループの傘下で、業績の悪い銀行がグループ企業になるか、もしくは、吸収合併して消滅するかのいずれかの選択を迫られる可能性が高いことが言える。

 

特に、収益性の悪い人口密度が低く、将来的に産業発展の期待できない地域では、銀行業が成り立たない時代にも突入してきている。すなわち、銀行が旧来の銀行業務だけに限定して事業を展開していても、低金利少子高齢化における産業衰退の中で事業継続が難しい時代に突入している。国は、地方銀行の再編を急がせ、採算性の悪い銀行の倒産を回避するために、地方銀行の経営強化名目として、銀行数を激減させることで、銀行間の客の奪い合いをさせないようにして、特定の銀行グループのみが生き残れる世界を作ろうとしていると予想できる。

 

地方金融にしては、限界集落になりかけている地域は、無理してサービスを充実させる必要はなく、採算ベースに乗るものだけを追求するべきだという考え方になる。経営は利益にならなければ、終わればいいという判断であろう。

 

しかし、ここで考えなければならないのが、日本の地方銀行や地方にある信用金庫の存在である。地方にも商売を続けている地元密着企業がある。しかし、事業規模が小さいからと言って、地方経済を支える存在として営んでいることには違いない。しかし、地方銀行、地方の信用金庫が統合、消滅することになっていけば、今までの付き合いによりなんとか自転車操業を続けていた中小零細企業が、資金調達が難しくなり、地方の経済自体が成り立たなくなる可能性もある。人口密集地域以外は、商売ができないという、限界集落などと言われる将来消滅予備軍に指名された地域は、経済効率が悪い理由でなくせばいいという都会集中型の考えが先行するのではないかと思われます。

 

国土全体に人が住み、それぞれの土地を発展させるという概念で物事を考えれば、地方放棄(限界集落)という概念では、国のあり方ではどうかということになる。そのためには、地方にも潤沢な財源と、事業資金の流入を促し、その財源をもとに、独自の地方経済を作ることが重要になってくる。

 

すなわち、地方の独自経済を作る資金は、都市部から流入するという時代ではない、かつて田中角栄が、日本列島改造論という本で、都市部と地方とをつなぐ便利なインフラ整備をすれば、都市部の金が、地方を潤すということを提言し、日本中のインフラ整備を急いだ。しかし、現在は、完璧とはいえないが、インフラ整備は、十分進んだが、かつて人気のあった地方の観光スポットに全く人が来ないで、廃墟になっている場合もある。すなわち、都会と地方との交流で金を回すという時代ではなくなっているのである。

 

では、どうすればいいのかと言えば、地方に独自の地方経済を生み出す財源を作ることである。その財源は、国の中央から流れてくるということではなく、地方財源は、このブログのテーマでもある送金案件「企業育成資金」を活用して資金調達することが重要だということを本ブログで訴える。

 

地方都市でいえば、東証一部の資本金が100億円を超える企業は殆どない。地域によっては、ゼロである地域もあり、対象企業になりえるのが、地銀と信用金庫のみということになる。もし、ここで、地銀と信用金庫が統合で消滅していけば、この資金を地方で活用するチャンスもなくすことになり、完全に救いの手が出せない状況になる。それでは意味がないことである。特に信用金庫は、限界集落などと言われる非常に人口が少ない地域でも支店を出して事業を展開している場合もあり、地方財源を生み出す可能性がある最後の砦といえるのではないでしょうか?

 

これは、この送金案件「企業育成資金」を活用するという観点からみての話です。霞が関からみた場合には、限界集落に無理にコストをかけて事業を続けて、採算が合わず、倒産にでもなれば、大問題になるので、倒産する前に、経営状況の悪い金融機関は、統合、縮小、消滅を促し、預金は、守るという形をとったほうが無難で有ると考えるのでしょう。確かに、預金を守ることが重要ですが、そこにウェートを置くと、地方経済は、消滅傾向に歯止めが聞かなくなります。

 

損しても資金注入できる制度が必要になるのです。それが、この送金案件における資金調達「企業育成資金」の重要な意味でもあります。

 

民間運用財源ではありますが、資金は、国の発展ために使える資金です。同時に、国のセキュリティー財源として国にも大きく貢献するのですから、一挙両得です。それを伝えることが重要です。