デノミ、預金封鎖を解決するには、我々の活動以外、解決策はない。

預金封鎖とデノミテーション(デノミ)について考えてみたいと思います。通貨価値をなくした場合、デノミが行われる場合があります。すなわち、通貨価値をなくすということは、同時に通貨を発行する中央銀行と国との関係で、国が発行する赤字国債に対して、債務超過に陥り、債務の返済が困難になった場合、その国の通貨は、価値をなくします。その場合、いくら通貨を発行しても国際的信用がなくなります。外国との為替レートで暴落することで、例えば、昨日まで100円で買えていたものが明日になれば、1万円を出しても買えなくなるような事態に行った場合、通貨単位があまりにも大きくなりすぎることを抑えるために、通貨単位を10分の1や100分の1という風に変えます。2024年が新紙幣発行時期になり、日本の赤字国債が増え続けていることから、場合によっては、預金封鎖をして、デノミを行い国の借金の額面を減らすという行動に出る可能性があると、ちょっと噂されています。

 

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  • デノミネーション:denomination)とは、通貨単位を表す言葉である。日本語においては、それを切り下げる、もしくは切り上げることとして使われることもある。国内の全ての資産負債に対して行われる。インフレーションなどにより、通貨金額の桁数表示が大きくなると経済活動に支障をきたすので、その解決のために行われる。デノミと省略されることが多い。

 

さて、このようなことが起こる可能性があるのだろうか?すなわち、日本の国の赤字国債GDPの270%を超える状況になり、過去最悪な赤字大国になっています。それは、国と中央銀行(日銀)との関係です。現在、赤字国債を発行し、債権の買取を中央銀行に依頼しているために、通貨発行銀行が国の依頼により金を貸し出し、その債権を貸し出した中央銀行が買い取るという構造になっています。

 

その状況でも国はもつではないか?ということで、MMT理論者は、このまま同じ状況を続けても問題ない。どんどん国は赤字国債を発行して、貸付銀行である日銀に赤字国債の債権を買い取らせれば、いいのだ。金利もゼロ金利にすれば、金利負担はないので、問題がないと説明ですが、これでは、日銀の債権の買取資産は増え続けて行くことになります。しかし、債権には、期間が存在します。その期間に達したとき元金を返すことが必要になります。その返済は、国民の一般会計からの国債の償還費用として、捻出されるので、社会保障費も増大するなかで、赤字国債の召喚費用も増えれば、国の財源は、不足します。そうなれば、増税するか、最後は、財産に対して、膨大な財産税を課し、預金を没収する形で、赤字国債の償還する費用に当てるのか?という危険性を指摘する声があります。

 

1946年に、預金封鎖があった事実がありますが、そのときは、日本は、占領軍の統治下で、日本国ではありましたが、連合軍の占領下似合ったことが言えます。よって、同じ状況であるのかといえば、同様の状況であるとは言えないいにしても、このまま放置しておくことは、金融制度にとってはあまりよろしくないことが言えます。この状況では、金利を上げることができなくなり、中央銀行以外の金融業(一般銀行)がビジネスが成り立たない時代になっていることが言えます。その状況下を見据えて、利益が上がらない銀行は統合へという動きが加速しています。

 

もとを言えば、赤字国債を蓄積していった結果が、銀行という金融業へのしわ寄せになっているので、国の財源の舵取りの結果、今の結果を生み出しているということが言えます。しかし、これも1975年から始まった赤字国債を発行するという常習化した考えの中で、過去の先人がおこなっていたことであるので、次の引き継ぎだけに解決を求めるには無理難題があるということで、その問題を直視しなかったこともあります。国民への負担をお願いするということになるのですが、ちょっとした増税により国の収入が増えても解決の糸口は、見つからないと思います。

 

すなわち、誰にも文句言われないような優秀な金融政策を実行しようと思えば、外部から巨額な資金を注入するしかないということになります。それが、このブログのテーマである「送金案件」になります。

 

送金を実行することで、解決できる道があるなら、だれも損をする話ではありません。その財源の歴史的背景や、民間財源であるという特殊性はありますが、Receiver(受取人)になる人が出てくれば、解決できる問題です。

 

なんでも、お金が足らないということで、問題が拡大している社会問題。そろそろ貧乏な路線から、大きく流れを変える時期が来ました。それを実現化するのが、我々の使命です。