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さて、特に、償還金と言われる資産の本当の担保口座のオーナーは、中国系王朝からのバックアップがあるということがインパクトがあったのかもしれません。
実は、私も、ここ半年くらい、薄々気づいていましたが、ワシントンなどの文章や、業界から見せてもらった情報などから、それが真実であるということがわかりました。
やはりというのか、ある意味、日本にあったゴールドのほとんどが、天皇の金塊として知らえていましたが、実はそれだけなくやはり、中国王朝に関係していたということは、日清戦争位以後の日本の歴史をしれば、辻褄が合うのですが、やはりなぁと思いました。
逆に言えば、天皇家と中国王朝の関係などを知られたくない人たちによって、隠されてきたのか?と逆に思いました。たしかに、中国との関係を良くする人たちは、日本では悪く言われる傾向が強いといえます。
田中角栄総理は、日中国交回復を行った人物として、中国で今でも称えられています。やはり、この世界は、難しい世界が存在しているのでしょう。中国王朝の資産を日本の償還金では活用しているが、そのことを教えたくない人たち、つまり、日中関係の悪化を願っている人たちがいます。確かに、中国は反日教育を行っています。その理由も理解できます。中国共産党は本来、日本の支援で作ったのですが、日本が戦争に負けて、日本との関係をいわれたら、政権維持できないという理由で、あれは、日本に強制的にやらされたとでも、言わないと国民に説明がつかないからです。このことは、朝鮮半島でも同じことが言えます。
真実をいうと、第二次世界大戦で日本が敗退したことで、日本の植民地であった国々は、すぐに独立することができたわけですが、その裏には、実は反日運動を進めることを推進した日本兵の残党がいたということも噂があります。つまり、中野学校などの特殊秘密部隊の出身者が、日本の本国に戻ると、かならずGHQに連行されて、死刑になると思っていたので、帰還命令でも、帰国せず、現地人になりすまし、そして、日本の植民地であった地域の建国を支援したということが言われている。
実は、日本人による戦地での生き残りのための作戦が、反日運動と建国ということになったと言える。戦争で敗戦したことが、反日運動を起こすことで、逆に、国民支持を得ることであった。朝鮮半島で後の大統領になった人たちは、日本語を話し、当時は、日本名まで持っていた人までいた。学校も、日本の陸軍士官学校などを卒業した経歴があるのである。
この事実は、あまり語られないが、ただ、戦後間もない頃は、日本との関係は非常に強かったと言える。
ただ、生き残りをかけて、現地化をして、反日運動を行い、連合軍から追われることから目をそらすように、工作したと考えられる。
このようなことは、語られない歴史であるが、実は、朝鮮における特権などといわれるのは実は、日本人の中でも、特殊作戦としてなりすましで、朝鮮人になったひとも、複数いたということが、噂されている。
日本名を名乗れば、殺さる。大陸の人になりすませば、生き抜けるということになれば、現地化、反日運動という方向性に向くのは理解できる。これは、生きるための手段であるからである。
筆者も、長年大陸にいましたので、戦時中、戦前の日本人居住区などを見て回りました。上海に長く住んでいましたので、上海にも戦前からの日本人街があり、(虹口地区)と言われるエリアに日本人街がありました。現地で面白いことがわかったのですが戦中の日本人街では、実は、欧州から逃げてきたユダヤ人を日本人がかくまっていた事実があるのです。
これは、語られない事実ですが、有名な日本人の外交官の話「命のビザ」の話がありますが、その話につながるのかどうかわかりませんが、中国で日本人がユダヤ人を保護していたという話があったのです。
つまり、日本では知られていないような歴史が大陸ではあったと言えます。
いずれにしろ、色々言われていますが、語られない歴史があり、歴史の中で隠されてしまった事実があるのですが、日本人が、実は、ユダヤ人を大陸で匿ったことが、実は、後々、日本は、日本の工業化を推進するために、資金が提供された原因であったと言われています。
本来、米国は、日本に対して、多額の賠償期を請求して、生き返れないほどにしようとした考えがあったようですが、ユダヤ人救済をしたことが、日本の戦後経済の発展ために、支援されたことに関係したとも言われています。
いずれにしろ、これらのことは歴史的には正式に語られた資料などはなく、人の感情論であるので、わからないことがありますが、しかし、日本はある意味守られている国家と言えます。その運気を最大限に使うことが大切であると考えています。