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メテ財団の国連加盟国向けのODA開発援助プログラムについての解説
(SRP(ソブリンロイヤルポートフォリオの歴史と現在)
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近代日本を本当に作った歴史は、1921年からスタートした。今年で100周年である。ープロの育成資金コンサルタントの養成講座

企業育成資金の歴史について、研究していくと、近代史における出来事の真実という世界について、色々知ることができます。

近代日本の基本となった出来事は、やはり、第一次世界大戦後から第二次世界大戦の敗戦ということが、大きく関係ていることが理解できます。筆者は、日本の運命が多く作用したのは、今からちょうど100年前、1921年 日米英仏の4カ国会議をロンドンで開催して、その後連邦準備制度を作ることが決定してから、日本の運命が大きく変わることになったと思っています。

たしかに、1968年明治維新による開国の歴史を一般的にクローズアップして明治維新ということで、よくドラマ化されていますが、本当の日本の近代化における大変革は、日本が連邦準備制度に参加してからだと思っています。

明治の時代は、近代化を目指せということで、西洋に学び、富国強兵を目指してきました。日清戦争日露戦争第一次世界大戦と10年に一度、諸外国と戦争をお越し、日本はアジアにおける覇権を握る国家になっていきました。まさに、時代はいけいけどんどんの大正デモクラシーの時代、当時は、日本は、世界における4大大国と言われ、イギリス、フランス、アメリカと並ぶ大国と称賛されました。積極的に海外に出向き、世界に影響を与える国家に成長したのです。日本の明治維新の開国後、英国、米国との関係を構築し、近代化を実現してきましたが、1921年の時点、ちょうど今から100年前を境に、流れが変わったということが言えます。

ある意味、日本の負け戦の始まりだっと言えます。すなわち、連邦準備制度を作ることで、西洋の大国と肩を並べ、第一次世界大戦で敗戦したドイツを救済し、その後、1930年、国際決済銀行をスイスのバーゼルに本部を設立してからは、欧州における日本の金融マンの活躍の時代に入りました。しかし、時代は、資本主義社会への不満が高まり、ファシズムとしての考えに同調する労働者階級が増え、その結果、ドイツ救済を目的にしていた国際決済銀行(BIS)は、米英からみれば、徐々に敵対勢力に対して支援している金融機関とみなされるようになり、米国が第二次世界大戦に突入した後に、1944年に新たな連邦準備制度を設立するために、アメリカのブレトンウッズにて国際会議を開き、45カ国の同意を得て、世界銀行IMFを設立した。連邦準備銀行をニューヨークに本部を開設し、1930年に設立した連邦準備制度におけるスイスの国際決済銀行(BIS)を廃止させる動きに出た。
また、国際決済銀行における日本やドイツの預託金などの資産は、敵性資産として凍結され、米国司法長官の特別勘定として保管され、イングランド銀行に預託された。すなわち、国際決済銀行が1930年に設立して、1944年のブレトンウッズ体制に以降するまでに、14年の歳月で大きな変化があった。1945年に日本が敗戦すると、日本に関係する資産は、敵性資産として凍結され、米国の法的管理下に置かれた。そのような資産は、イングランド銀行に預託(信託)された。

すなわち、これが、日本における復興財源の資産である。
1950年までに日本の金融資産の多くは、敵性資産とみなされ完全に放棄させられた、それを条件に、1951年サンフランシスコ講和条約における国土復帰を実現できたということである。1921年~1951年の30年がほんとうの意味で日本の近代史における変革の時代であったと言える。

日本の国土の主要都市は、焼け野原になり、その後、日米同盟により資本主義国家としての発展を遂げ、1968年の時点には、世界第2位のGDP、経済大国へと成長を遂げることができた。1951年に国土復帰をしてからたった17年間での変革である。日本の高度経済成長は、1990年初頭のバブル崩壊時期以降、失われた30年と言われる経済成長の停滞期が続いている。平和である時代ではあったが、日本経済は成長はとざえ、貧困が増えた社会になっていったのである。

日本には、本来、世界金融における大きな財源を有していました。すなわち、ゴールドです。現在は、ブレトンウッズ体制が1971年にニクソンショックにおける崩壊、すなわち、金ドル本制度の崩壊があり、信用創造における資金を生み出すという通貨制度になりましたが、今もなお、連邦準備銀行には、世界の中央銀行は、預託金を預け、金による通貨の裏付けを持っています。国際決済銀行の業務は、1951年以降、新しく生まれ変わり、中央銀行を監視する組織として変革していきました。現在、バーゼル条約などという金融政策における自己資本率について決定は、バーゼルにおけるBISのしごとになっています。BISは、1951年以前と、1951年以後では、仕組みが変わっています。サンフランシスコ講和条約というのは、新しい時代の始まりであったと言えます。

日本人は、戦後教育の中で、この部分の歴史についてあまり詳しく知る機会がなく、ある意味、現在もなお、昭和のタブーな歴史として取り扱われている感じがします。しかし、1951年が新体制の始まり、現在は、2021年ですので、すでに70年が過ぎています。すなわち、新体制になった日本の建国70周年と言えるのです。

新体制になった70年における歴史で知るべきことがあります。
すなわち、70年の近代日本における歴史も世代交代が進む中で、忘れ去られている歴史の存在があります。

ある意味、その存在の一番の制度は、日本の敵性資産として取り扱われた復興財源です。世間では、M資金などといって、近づくなという印象操作が行われていますが、日本の敵性資産として米国の法的管理下に置かれる資産を活用しない限り、日本の発展はありえません。失われた30年と言われる近年の状況は、この米国管理された日本人への贈与金がほとんど活用できていません。


明治維新からの近代化、戦後復興期から東洋の奇跡といわれた発展、すべて、日本には、世界的に価値のある金融資産があったからです

日米同盟、日米安全保障条約といわれる無期限で設定されている日米同盟における関係を作る原因になっているのは、日本の敵性資産といわれる米国の法的管理下におかれる資産があることが原因していると言えます。

すなわち、日本には、日本が本来持っていた金融資産を使用する権限は、今でも保有していることになります。これは、世界の中央銀行における連邦準備制度を保持するために中心的な役割もつ預託金にであり、世界の金融の安定化に寄与しています。イングランド銀行に預託された日本の金融資産は、一説にですが、59%が日本のものということです。すなわち、世界の連邦準備制度における59%は、日本の預託金によって支えていることになり、日本は世界で一番、世界金融を支えている国家になります。

その見返りに、巨額な現金の配当される権利を日本人は有しているのです。ただ、だれでも配当されるというわけでなく、1954年に結ばれたMSA協定で、日本の工業の発展のために米国はその資金を贈与するということを伝え、現在、米国法のもとで、密かに行われている企業育成資金における東証一部、銀行、信用金庫の代表者に配当される「代表者利益の配当金」が配れれる制度が行われています。

これは、本来日本の金融資産が、世界の連邦準備制度を支えているといるという見返りで、日本への贈与金です。その贈与金は、イングランド銀行により信託され、米国FRBによりPPP運用され増え続けています。資金は、すでに日本銀行に一部は送金済みです。その一部の送金済みの贈与金は、京の単位の資金になっているということです。

贈与金ですから、権利のある日本人がもらわないでどうするのですか?と筆者は言いたいのです。ただ、もらうには、条件があるので、このブログで説明しているのです。

誰でももらえるなら、もらいたいといのはホンネですが、もらえる人が、限定しているために、サポーターとして本案件についての案内をしているのです。遠慮することはありません。日本が世界の通貨を安定して発行することが出いる財源を預託している見返りとして、日本人に配当してる現金ですから・・・・そのことを理解してください。

MSA総合研究所より

 

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