企業育成資金を説明する際に、どこを中心に物事を考えるかで、話のトークの内容が随分変わってきます。
実際には、これは、米国の相互安全保障法が1951年に米国議会で成立されたことが、きっかけで、米国が世界各国に向けて海外支援を始めたのが、きっかけになりました。その一環として、日本でも米国からの提案を受けて、日米相互防衛援助協定(MDA協定)を成立しました。これは、別名MSA協定といわれる所以は、米国国内法である相互安全保障法がベースなった日米協定だからです。
その後、米国では、相互安全保障法(MSA)から対外援助法(Foreign Assistance Act 1961年)が制定され、米国の今の形の対外援助の基礎が出来上がったということです。米国と敵対する共産国への送金禁止事項などは、米国の対外援助法に記載されています。
その業務に関しては、国務省管轄であるUSAID(米国国際開発庁)が担うようになったいうことです。
これは、米国政府における対外支援政策の基本的な流れになります。
すなわち、日本が米国からなぜ支援を受けているかといえば、その理由として米国が制定した対外支援に関する法律の上で行われているということが言えます。よって、企業育成資金の案件について言えば、米国政府が主催者であり、日本政府が米国から依頼で審査しているという米国の対外支援政策であると理解すれば、非常にこの育成資金について理解が深まります。
日本国内からこの企業育成資金について理解をしても、なぜ、この案件に米国が関係しているのか?と言いたくなります。しかし、スタートから米国の国内法である相互安全保障法が制定されたことで、始まった米国における対日支援策であったと考えれば、この制度について、申請書類のなかに、「名刺の裏書きにローマ字で氏名を記載」という意味が理解できると思います。
米国が対外支援を行うための基本が米国の相互安全保証法が基礎になり、その後は、対外支援法にも関係して、対日支援である企業育成資金の案件が行われたということになります。すなわち、全てが、米国政府が制定した法律、対外支援を行う法律により、始められた制度になります。
よって、米国が主催国であり、審査は関しては、日本が協力する形で、日本政府の中央省庁が行い、そして、募集に関しては、米国指定する資金本部によって、募集されている企業育成資金であると言えば理解できます。
日米における安全保障費を両国政府が折半をして安全保障費を得る仕組みがあることは、以前のブログでも説明していますが、これは、全てが米国が中心になり決めた対日支援策であると言えます。
米国の対外支援に関する法律は、米国にとって敵対的関係であった共産国へ送金禁止について厳しき規定されれています。
企業育成資金について、専門的に行っている方ならば知っていると思いますが、対立する共産国への送金履歴が発覚すれば、企業育成資金への申請ができないという事になっています。それは、米国における対外支援法による規定に関係しています。主催者が米国ですから米国の法律に適応して本案件が行われているからです。
そのように理解して、説明すれば、非常に明確に説明することができます。
「Foreign Assistance Act of 1961」の文字で検索すれば、いろいろ英文で説明を見ることができます。
企業育成資金について日本側で色々確認しようとしても、日本の省庁側からなにも回答がでないのは、日本が主催して行っている話ではないからです。米国政府が主催をして、日本の中央省庁のごく少数の担当官が対応していますが、関係者以外の省庁関係者が知らされていません。よって、「お尋ねされても、わからない話には注意が必要です」という回答になっているのかもしれません。
いずれにしろ、企業育成資金について詳細を理解するには、米国国内法における対外支援に関する歴史を調べなければ、真実は見えてきません。それだけは言えます。米国にいる自分を想像して、日本を見つめて、企業育成資金について考えていけば、この話が見えてくるでしょう。
視点を変えれば物事の見え方は違ってきます。